思い出す「小さい白いにわとり」2018-09-11

何故か最近特によく思い出す、小学校1年か2年の頃の国語の本に載っていた
「小さい白いにわとり」



「小さい白いにわとり」

小さい白いにわとりが、こむぎのたねをもってきて、みんなにむかって言いました。
だれがたねをまきますか。
ぶたはいやだと言いました。
いぬもいやだと言いました。
ねこもいやだと言いました。
小さい白いにわとりは、ひとりでたねをまきました。

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。
だれがむぎをかりますか。
ぶたはいやだと言いました。
いぬもいやだと言いました。
ねこもいやだと言いました。
小さい白いにわとりは、ひとりでむぎをかりました。

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。
だれがこなにひきますか。
ぶたはいやだと言いました、
いぬもいやだと言いました。
ねこもいやだと言いました。
小さい白いにわとりは、ひとりでこなにひきました。

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。
だれがこなをこねますか。
ぶたはいやだと言いました。
いぬもいやだと言いました。
ねこもいやだと言いました。
小さい白いにわとりは、ひとりでこなをこねました。

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。
だれがパンにやきますか。
ぶたはいやだと言いました。
いぬもいやだと言いました。
ねこもいやだと言いました。
小さい白いにわとりは、ひとりでパンをやきました。

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。
だれがパンをたべますか。
ぶたはたべると言いました。
いぬもたべると言いました。
ねこもたべると言いました。



朗読のあと、先生が私たちに向かって聞きました。

「みんなが白いにわとりだったらどうしますか?」

私はその頃とても内気だったので、もちろん手をあげることはありませんでしたが

私がにわとりだったら、みんなに分けてやりたくないなぁ。手伝ってももらってないのに

と思ったことははっきり覚えています。


先生お気に入りの子が「私はみんなに分けてあげます。」と自信たっぷりに手を上げて発言し
その答えにニッコリ微笑む先生の顔に
先生が気にいる答えというものはこういうことだ、と、確信した時でもありました。


最終的にどういうまとめでこの話が終わったかは、何故か全く覚えていません。


この「小さい白いにわとり」が自分の親だったら
何も考えずに、自分は「ぶたやいぬやねこ」です。。。

親になった自分が「小さい白いにわとり」だったら、「たくさん食べて」と言えます。。。

立場やつながりや置かれたところで、捉え方や考え方は違ってくるけれど

小さい白いにわとりのように、信念を持って、淡々と黙々と生きていけたらと思います。

そのうちに「手伝おうか?」と言ってもらえたり、逆に「手伝わせてください」と言ったり

そんな関係が作れたらどんなに幸せかと思います。

この年になっても、なかなかそんなことができない自分だから

最近余計にこの話が思い出されるような気もします。

もう何十年も経っているのに、心から離れない話です。

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